まず一言。今回長いです。
映画好きでも特段そうでなくとも、「何度でも観たい/観られる」一本というのがある人は多いと思います。
私の中でその一本というと、間違いなく表題にある「トキワ荘の青春」という映画なのです。
中学生の頃にレンタルで観て以来月一回は借り、そしてビデオを買って漫画を一本描く際に必ず観て、そしてDVDになった今も定期的に観ているという自分でも「よく飽きねえなあ」と呆れる一本なのであります。
昔実在していたトキワ荘というアパートに集う若き漫画家達がワイワイやるこの映画、一応「トキワ荘もの」ではあるのだが、ごくごく普通にたんたんと流れる時間をじっくり撮る映画で、漫画家やその周囲の人々はもちろん、主役であるテラさん(寺田ヒロオ=モッくん)にも明確な紹介はなく、ものすごく遠巻きに、そして一定して低めのテンションで綴られていく。
つまらなかったという評価をしている人のほとんどはトキワ荘のファンだったりそこに住んでいた漫画家たちのファンだろうなという人ばかりで「◎◎が出てこない」「この時期は◎◎なはずなのに描かれていない」、つまり「思い入れがあればあるほど肩透かし」という要素が大半なんだろうなといった感想だった。そしてその評価もまったく間違いというわけではないというか、「トキワ荘もの」を期待して観ると当然となってしまうもので、おそらくこれは「トキワ荘もの」というジャンルに入れてしまった瞬間ランクががくっと下がる、そんな映画です。
インタビューやコメントをみる限り、スタッフもキャストも、映画造りのための研究程度では知っているけども、トキワ荘に対してはそれ以上でも以下でもない、という印象。そしてその答えは市川監督のインタビューにある「アパートの映画が作りたかった」にあると思います。つまり監督が作りたい映画の条件を並べていくとトキワ荘に辿り着いた。というくらいの話。
だから批判によくあった「登場人物に対する説明がほとんど無く誰が誰だかわからないまま続く」というのも当然のことで、真の主役はトキワ荘と名前がついたアパートであり、その主役の中に居る人の人物模様、そしてテラさんの生活を中心に据えたんたんと並べていった「フィクション」なわけです。そんな作品に対して「事実と違う!不足もある!」という批判は藤子A御大の「愛・・・知りそめし頃に・・・」を読んで同じ感想を述べてるようなものなのです(あれも事実を含んではいるがあくまで「満賀道雄の青春」を描いたフィクション)。
まあしかし「トキワ荘の青春」ってタイトルだから省略が無くマニア心もくすぐり、なおかつ各漫画家達のサクセスストーリーを期待しちゃうってのもわからんでもない。「ある漫画アパートの記録」くらいのタイトルだったらよかったのかな・・・。
そんな映画なものだから、会話もそんなに張らずボソボソとしており、説明らしい説明もほとんどない(よく観ると要所要所されてはいるのだが)、そしてハッキリしたヤマ場もなくたんたんと、悪い言い方をするとダラダラと続くわけです。
しかし個人的にはこれで大満足で、今だに自分の中でのベストなわけです。
4歳のころにアニメの笑ゥせぇるすまんにハマり、コロコロを通じて藤子(両氏)の作品を読みふけり、まんがのようなものを描き出して当然のように「まんが道」に行きつく。とにかくまんが道のマネゴトをしてまんがを学んだので、およそウン十年前の世界を参考にし、その場にあこがれ続けた少年時代のワタクシにはヒジョーにドストライクなつくりをしている映画でした。
実際はもっと色々と絵にならないことや理想的ではないもの、たいして絡んでいなかったりアッサリしていたものが渦巻いていたとは思うのですが、映画にリアルすぎるものなんて求めてはいないので、自分の憧れの部分だけを見せてくれればそれでいい、そんな情景がギッチリつまった一品なのでいつ観ても、そしてたんたんとした静かな作風でも飽きることがないのです。
リアルなトキワ荘実録が知りたければ文献でも映像でもたくさんでているわけですしね。
赤塚不二夫先生の「静かな、清潔な映画です (※1)」という感想がひとことだけどすごく核心をついていると思います、良くも悪くもではあるけど。
※予告編
尚、キャストも当時無名だったり小劇場で活躍していた俳優が多数採用されてたりで、
そのテのメンバーが好きな人にはたまらない映画でもある。
以下主なキャスト。
寺田ヒロオ :本木雅弘
安孫子素雄 :鈴木卓爾
藤本弘 :阿部サダヲ
石森章太郎 :さとうこうじ
赤塚不二夫 :大森嘉之
森安直哉 :古田新太
鈴木伸一 :生瀬勝久
つのだじろう:翁華栄
水野英子 :松梨智子
手塚治虫 :北村想
石森の姉 :安部聡子
つげ義春 :土屋良太
棚下照生 :柳ユーレイ
藤本の母 :桃井かおり
学童社編集長・加藤謙一 :原一男
学童社編集者・本多 :向井潤一
学童社事務員 :広岡由里子
娼婦 :内田春菊
編集者・丸山:きたろう
寺田の兄 :時任三郎
キャストについてはほとんど文句はない。モッくんのテラさんも、芯のある兄貴分だが時折弱い部分も見せ悩みを抱え続けているテラさんの姿をうまく表現できていると感じる。まああとは前述にも通じることだけども完璧に本人を再現する必要はないというところでしょーか。
生瀬勝久氏はこれが映画デビュー作だそうで、生瀬ファンは必見。
DVDも出ているので、まんがを描く原風景にあこがれがある人や、飾り付けの少ない青春群像が観たいという人はチェックしてみてよろしいのでは。
※1 「赤塚不二夫のおコトバ」より